ヘンリー・ムーア 《着衣の横たわる母と子》
やわらかな曲線
2011年に新しくリニューアルされた博多駅の博多口広場にはいろんな彫刻がありますが、今回はそのなかから一つをご紹介します。
やわらかな線が美しいです。
波を打ったような母親の大きな体とそこにすっぽりと収まる子ども。
はっきり人間とわかるような細かさは刻み込まず、影のような線だけで表現していて、変に生々しくないから外の雰囲気にも溶け込んでいるのかもしれません。
あたたかな雰囲気の作品ですが、暗めのブロンズの色合いと輪郭のみで表情のない親子の姿が少し不気味でもあります。
説明がよく見えないかもしれませんが、このように書いてあります。
この彫刻は福岡市政100周年を記念してヘンリー・ムーア設置市民の会(会長永倉三郎)の募金活動により市民ひとりひとりの熱意と愛情を添えて寄贈されたものです。
横たわる人体
ヘンリー・ムーアは1920年代から<横たわる人体>シリーズを制作し始めています。
その姿は単なる人体の形ではなく、単純化したり、空洞を開けたり、デフォルメしたり、ムーアは様々な形状の人体像に取り組んでいたようです。
人体像でも立っているものや座っているものなどいろんな体勢があるのに、どうして「横たわる」を選択したのか、ムーアは次のように語っています。
人体の基本となるポーズが3つある。まず立っているもの、次に座っているもの、そして横たわっているものである。……しかしこの3つのポーズのうちで、横たわる人体像は、構成や空間を考えるのにもっとも自由がきく。……横たわる人体像はどんな面のうえにも横たわることができる。自由でもあるし安定してもいる。これは、彫刻では恒久的で、永遠に向かって持続すべきだとする私の信条にあっている。
今回の作品は《着衣の横たわる母と子》というタイトルで、衣を着ているということも特徴的です。1976年の作品に《衣装をまとった横たわっている人体》がありますが、これも今作と同様に衣をなにか着ているようにはあまり見えませんが、衣の曲線やふんわりとした柔らかさを彫刻にだしたかったのかもしれません。
母と子
「母と子」のテーマもムーアは多くの作品を残しています。
ノーサンプトンのセント・マシュー教会にある《聖母子》という作品は表情も手足も細かく表現され、鑑賞作品というより、その名の通り礼拝的価値のある作品となっています。
《母と子(ルーベンス風)》では母の膝の上に子どもがのり、戯れる我が子を包み込むような母の様子が表され、今回の作品に通ずるものがあります。
ムーアはこのテーマについて以下のように語っています。
私はかなり早くから「母と子」というテーマの虜になっていた。それは歴史が始まって以来の普遍的なテーマであり、新石器時代から見つかった最も初期の彫刻にも、この「母と子」のテーマのものがある。
ヘンリ・ムーアは母と子をテーマにした作品を多く残していますが、彼に娘が生まれるとそのテーマはさらに豊かなものと発展していったようです。
ヘンリ・ムーア
ヘンリ・ムーアは1898年にヨークシャー州のカッスルフォードに生まれました。
1917年に第一次世界大戦のために入隊、1921年にロンドンの王立美術学校で彫刻を学び始めました。
1929年に王立美術学校の画学生だったイリナと結婚し、1940年代には戦争絵画も描いています。
1946年に娘のメアリーが誕生しました。
1986年に亡くなっていますが、特にブロンズ製のパブリック・アートが世界中に設置されていて国際的に有名になっています。
日本にも彼の作品はたくさんあるので、実際のものをもっとたくさんみて比較してみたいです。
参考文献
中村節子編『ヘンリー・ムア-生命の形』ブリヂストン美術館、2010年